新しい曲のお稽古に入りました。
今回は、古典ではなく「太鼓の曲」(杵屋正邦作曲)という曲です。唄は入りませんが、太鼓との掛け合いがあります。譜と音源を頂きましたが、今までとはかなり趣が異なります。細かいテクニックが必要なようで、どこまで出来るかわかりませんが、当分は楽しめそうです。がんばってみます。
また、来年の新年会を2月の末にやることになりましたが、そのときに先日の発表会でやり損なった(笑)「秋の色種」をやらせていただくことになりました。
新年会には、東京でお稽古を最近始めた方もいらっしゃるということで、共通演目は「松の緑」をやることになったそうです。また、「仁羽」も祭り囃子の太鼓とコラボレーションをやることにもなりました。
会場は私の同級生が女将をしている割烹料理店を予定しており、こうした催しを佐倉のいろいろな場所でやりながら、長唄の響きを佐倉で少しずつ広げていきたいと考えています。
2008年11月9日日曜日
還暦祝い
昨11月8日に、尚楽さんと私の還暦祝いを開催していただきました。
場所は、佐倉に古くからある割烹料理店「玉家」さんで、30人ほどの方が集まっていただきました。
当然のことながら古いおつきあいの方が多く、遠くは土浦からもお越し頂きました。最近では東京の囃子関係の方たちとも交流が増えているため、そちらからも。さらに、長唄の先生にもご出席いただきました。
歓談の合間にはお囃子だけでなく、長唄の演奏も無理をお願いしてやっていただきました。また、古い写真を集めて、これをスクリーンの映して解説し、私たちのお囃子の歴史も振り返ってくれました。
本当に長い間、よく続いたものだと自分ながら感心します。私は、結構新しもの好きで、次々と違うものに手を出しますが、お囃子とパソコンは、よく続いています。それに最近では、長唄も(笑)。
こうした機会を作っていただいた皆様に感謝しながら、今後も人の縁を大切にして行きたいと思っています。でも、これからは、少しスローなペースで行きたいとも思っています。
場所は、佐倉に古くからある割烹料理店「玉家」さんで、30人ほどの方が集まっていただきました。
当然のことながら古いおつきあいの方が多く、遠くは土浦からもお越し頂きました。最近では東京の囃子関係の方たちとも交流が増えているため、そちらからも。さらに、長唄の先生にもご出席いただきました。
歓談の合間にはお囃子だけでなく、長唄の演奏も無理をお願いしてやっていただきました。また、古い写真を集めて、これをスクリーンの映して解説し、私たちのお囃子の歴史も振り返ってくれました。
本当に長い間、よく続いたものだと自分ながら感心します。私は、結構新しもの好きで、次々と違うものに手を出しますが、お囃子とパソコンは、よく続いています。それに最近では、長唄も(笑)。
こうした機会を作っていただいた皆様に感謝しながら、今後も人の縁を大切にして行きたいと思っています。でも、これからは、少しスローなペースで行きたいとも思っています。
2008年10月14日火曜日
2008年10月5日日曜日
久しぶりに秋葉原
実に5ヶ月ぶりの秋葉です。
欲しいものと先立つものがないと、出かけて行っても楽しくないところです。
今回は、久しぶりに欲しいものがありました。
クアッド・コアのCPUです。
ハイビジョンのビデオカメラを購入したのはいいのですが、その編集には大きなCPUパワーが必要です。今のビデオ編集専用マシンのCPUはデュアル・コア E6750 (2.66GHz)ですが、これでもハイビジョン撮影された動画の編集には、速度の点で不満が残ります。
特に、編集作業時に「待たされる」ことが多く、いらいらします。さらに、編集が終わって、ビデオファイルを書き出す(MPEGファイルを作る)ときに、実時間の4~5倍時間がかかります。
今の標準画質のデジタルビデオ編集では、編集時のストレスはほんとんどありませんし、MPEGファイルへの変換も実時間で変換が出来ます(60分ものなら60分で終わる)。
そこで、今のCPUより能力が上のものが欲しくなってくるという次第です。
今回の対象は1つのCPUに4つの演算装置がついたクアッド・コアのIntel Core2 Quad Q9550です。
早速、ある大型パーツショップでタイムサービスを利用して、秋葉最低価格?で購入して、帰宅後、CPUの換装を行いました。
結果は、どこが速くなったの?ほとんど差が感じられません。こんなはずではなかったのに、とほほ、です。
欲しいものと先立つものがないと、出かけて行っても楽しくないところです。
今回は、久しぶりに欲しいものがありました。
クアッド・コアのCPUです。
ハイビジョンのビデオカメラを購入したのはいいのですが、その編集には大きなCPUパワーが必要です。今のビデオ編集専用マシンのCPUはデュアル・コア E6750 (2.66GHz)ですが、これでもハイビジョン撮影された動画の編集には、速度の点で不満が残ります。
特に、編集作業時に「待たされる」ことが多く、いらいらします。さらに、編集が終わって、ビデオファイルを書き出す(MPEGファイルを作る)ときに、実時間の4~5倍時間がかかります。
今の標準画質のデジタルビデオ編集では、編集時のストレスはほんとんどありませんし、MPEGファイルへの変換も実時間で変換が出来ます(60分ものなら60分で終わる)。
そこで、今のCPUより能力が上のものが欲しくなってくるという次第です。
今回の対象は1つのCPUに4つの演算装置がついたクアッド・コアのIntel Core2 Quad Q9550です。
早速、ある大型パーツショップでタイムサービスを利用して、秋葉最低価格?で購入して、帰宅後、CPUの換装を行いました。
結果は、どこが速くなったの?ほとんど差が感じられません。こんなはずではなかったのに、とほほ、です。
2008年10月3日金曜日
検査の結果
10月1日に脳シンチレーションの検査結果を聞きに日医北総病院に出かけました。
先生の話によると「右脳の一部に血流の悪いところが見られ、右脳の記憶を司る海馬に血流の多いところ…一種のテンカン症状をしめしているところがある」とのことでした。治療するところは特になく、一応経過観察をするということになるようです。血液の凝固具合を調べる血液検査が出来ていなかったので、この検査をうけ、来月初旬に再度診察を受けることになりました。
結果としては、今の段階で何か治療をするということにはなりませんでしたが、「年なんだから気をつけろ」という体からの忠告として、少しだけ身を慎みたいと思います。
厄落としのために、芝山仁王尊にお参りに行きました。護摩は土日しか受け付けていないということなので、参詣だけしてきました。帰りがけに、以前志津にあったボーンアゲインというリサイクルショップに寄りました。(八街市です)
すると、楽器コーナーに三味線箱(三味線を二竿収納できる)と皮が破れた三味線が何と3800円という値段で売っていました。箱だけでもいいと思い、即決で購入しました。
たまたま、その日は三味線と唄のお稽古がありましたので、先生に皮の破れた三味線をいつもの三味線屋さんに持って行ってもらうことにしました。三味線屋さんが見て、修理する価値があるものだったら張り替えと小物一式をお願いすることにしました。
先生の話によると「右脳の一部に血流の悪いところが見られ、右脳の記憶を司る海馬に血流の多いところ…一種のテンカン症状をしめしているところがある」とのことでした。治療するところは特になく、一応経過観察をするということになるようです。血液の凝固具合を調べる血液検査が出来ていなかったので、この検査をうけ、来月初旬に再度診察を受けることになりました。
結果としては、今の段階で何か治療をするということにはなりませんでしたが、「年なんだから気をつけろ」という体からの忠告として、少しだけ身を慎みたいと思います。
厄落としのために、芝山仁王尊にお参りに行きました。護摩は土日しか受け付けていないということなので、参詣だけしてきました。帰りがけに、以前志津にあったボーンアゲインというリサイクルショップに寄りました。(八街市です)
すると、楽器コーナーに三味線箱(三味線を二竿収納できる)と皮が破れた三味線が何と3800円という値段で売っていました。箱だけでもいいと思い、即決で購入しました。
たまたま、その日は三味線と唄のお稽古がありましたので、先生に皮の破れた三味線をいつもの三味線屋さんに持って行ってもらうことにしました。三味線屋さんが見て、修理する価値があるものだったら張り替えと小物一式をお願いすることにしました。
2008年9月25日木曜日
次は「白内障」です
何か病気のオンパレードになってきました。
昨日は、休暇を頂いて、日医北総病院で「脳シンチレーション」の検査を受けてきました。
この検査は、静脈にRI(ラジオアイソトープ)を注射して、これが脳の毛細血管にどう流れていくかを撮影する検査のようです。検査そのものは約1時間ほどで終わります。特に、痛みも、MRIのような〝うるささ〟もありません。結果は、来週わかります。
脳シンチの検査が午前中で終わりましたから、午後からは目の検査に四街道駅ビルの中にある眼科医院に出かけました。というのも、最近右目の〝かすみ〟がひどくなっているように感じていたからです。おそらく加齢による白内障ではないかと見当をつけて、検査をしてもらいました。
結果は、ピンポーンです。まさしく「白内障」。今すぐに手術が必要なほどではありませんが、今より見づらくなったら手術するしかないようです。白内障の進行を遅らせる点眼薬をもらって、2~3ヶ月に一度検査を受けるようにいわれました。
この年になると、病気とうまくつきあうことが必要になるようです。めげずに、がんばることにします。
昨日は、休暇を頂いて、日医北総病院で「脳シンチレーション」の検査を受けてきました。
この検査は、静脈にRI(ラジオアイソトープ)を注射して、これが脳の毛細血管にどう流れていくかを撮影する検査のようです。検査そのものは約1時間ほどで終わります。特に、痛みも、MRIのような〝うるささ〟もありません。結果は、来週わかります。
脳シンチの検査が午前中で終わりましたから、午後からは目の検査に四街道駅ビルの中にある眼科医院に出かけました。というのも、最近右目の〝かすみ〟がひどくなっているように感じていたからです。おそらく加齢による白内障ではないかと見当をつけて、検査をしてもらいました。
結果は、ピンポーンです。まさしく「白内障」。今すぐに手術が必要なほどではありませんが、今より見づらくなったら手術するしかないようです。白内障の進行を遅らせる点眼薬をもらって、2~3ヶ月に一度検査を受けるようにいわれました。
この年になると、病気とうまくつきあうことが必要になるようです。めげずに、がんばることにします。
2008年9月22日月曜日
また、また突然ですが「一過性全健忘」という病気
昨日9月21日は、私たちが長唄をお稽古している「佳櫻会(三味線)」「まりも会(唄)」の合同発表会でした。
私も、欲張って5番も出番を作っていただいたのですが、会が始まるころから記憶がまばらになってしまいました。
それでも、合方(靫猿・清掻き・多摩川)、唄(越後獅子)、あたりまでは、まあ、〝普通〟に見えるような形で、演奏したり唄ったりしていたようですが、江戸囃子とのコラボレーション(鞨鼓、四丁目、仁羽)あたりになると、明らかに様子がおかしくなったようです。(実は、ビデオの画像があり、先ほどまでそれをパソコンにとりこんていまして、その再生映像を見てそう思ったのですが) 特に、仁羽あたりになると勘所の押さえが他の人と合わなくなり、決められた回数を終わっても、終わりの合図が出せずに、隣のFさんに合図を出してもらうような状況になっていました。
控え室では、お囃子仲間のAさんが、私の様子がおかしいのに気がついて、妻を呼びに行き、妻が私に「次は、チンチリレンだけど、できるの?」と尋ねると、さすがに自分でもおかしいと思ったのか「どこから入っていいかわからない。調子も合わせられない。Aさん調子はなんだっけ?」と聞いていたようです。
それから後も、「プログラムはどこまで進んだ?」「つぎは、俺は何をやるんだ」を、少しの間をおいて延々と聞き続けたようです。さすがに、他の人もおかしいということに気づいて、救急車を呼ぼうということになったそうです。 救急車の中でも、やはり演奏会のことをしきりに聞いてばかりいたようです。
日医大北総病院について、CT、MRIの検査を受けたようですが(これも全く記憶に残っていません)、特に異常は見あたらず、翌日内科の検診を受けるということになったために、妻が入院をお願いし、入院することになりました。
夜9時頃になると、だいぶ記憶も戻るようになり、〝会話〟が成立するようになったようです。夜、親友のJご夫妻が駆けつけてくれたことは、勿論おぼえていますよ。
自分でも、21日の午前11時頃から、記憶が〝まだら〟になり始め、会場についていすを並べたり、めくりを準備したりしたことは憶えているのですが、出演者のMさんに着物と袴を着せてあげたこと、自分も着物と袴を着けたことなどは全く記憶がありません。
演奏も靫猿・清掻き・多摩川の合方と越後獅子の歌は、これも覚えていません。かろうじて、鞨鼓・四丁目・仁羽の演奏をしていること、左後ろでT君が太鼓をたたいてくれていたことを憶えている程度です。
一晩寝て起きると、妻との会話もだいぶまともになってきました。妻が言うには、記憶障害が一番ひどいときは、前のブログに書いた「次女の出産」もわからなかったようです。また、2年前に父親が亡くなったことも忘れていたということです。
今は午後9時ですが、昨日のことをかなり思い出すことが出来ます。でも、演奏のことはどうしても思い出せません。幸い、すべてビデオに記録されているので、つらいですが、それを見て「思い出す」ことにします。
そして、今回弾くことになっていて出来なかった「秋の色種」に、次回は必ず挑戦することにします。
私も、欲張って5番も出番を作っていただいたのですが、会が始まるころから記憶がまばらになってしまいました。
それでも、合方(靫猿・清掻き・多摩川)、唄(越後獅子)、あたりまでは、まあ、〝普通〟に見えるような形で、演奏したり唄ったりしていたようですが、江戸囃子とのコラボレーション(鞨鼓、四丁目、仁羽)あたりになると、明らかに様子がおかしくなったようです。(実は、ビデオの画像があり、先ほどまでそれをパソコンにとりこんていまして、その再生映像を見てそう思ったのですが) 特に、仁羽あたりになると勘所の押さえが他の人と合わなくなり、決められた回数を終わっても、終わりの合図が出せずに、隣のFさんに合図を出してもらうような状況になっていました。
控え室では、お囃子仲間のAさんが、私の様子がおかしいのに気がついて、妻を呼びに行き、妻が私に「次は、チンチリレンだけど、できるの?」と尋ねると、さすがに自分でもおかしいと思ったのか「どこから入っていいかわからない。調子も合わせられない。Aさん調子はなんだっけ?」と聞いていたようです。
それから後も、「プログラムはどこまで進んだ?」「つぎは、俺は何をやるんだ」を、少しの間をおいて延々と聞き続けたようです。さすがに、他の人もおかしいということに気づいて、救急車を呼ぼうということになったそうです。 救急車の中でも、やはり演奏会のことをしきりに聞いてばかりいたようです。
日医大北総病院について、CT、MRIの検査を受けたようですが(これも全く記憶に残っていません)、特に異常は見あたらず、翌日内科の検診を受けるということになったために、妻が入院をお願いし、入院することになりました。
夜9時頃になると、だいぶ記憶も戻るようになり、〝会話〟が成立するようになったようです。夜、親友のJご夫妻が駆けつけてくれたことは、勿論おぼえていますよ。
自分でも、21日の午前11時頃から、記憶が〝まだら〟になり始め、会場についていすを並べたり、めくりを準備したりしたことは憶えているのですが、出演者のMさんに着物と袴を着せてあげたこと、自分も着物と袴を着けたことなどは全く記憶がありません。
演奏も靫猿・清掻き・多摩川の合方と越後獅子の歌は、これも覚えていません。かろうじて、鞨鼓・四丁目・仁羽の演奏をしていること、左後ろでT君が太鼓をたたいてくれていたことを憶えている程度です。
一晩寝て起きると、妻との会話もだいぶまともになってきました。妻が言うには、記憶障害が一番ひどいときは、前のブログに書いた「次女の出産」もわからなかったようです。また、2年前に父親が亡くなったことも忘れていたということです。
今は午後9時ですが、昨日のことをかなり思い出すことが出来ます。でも、演奏のことはどうしても思い出せません。幸い、すべてビデオに記録されているので、つらいですが、それを見て「思い出す」ことにします。
そして、今回弾くことになっていて出来なかった「秋の色種」に、次回は必ず挑戦することにします。
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