ちょっと設備が古いのは我慢できても、エアコンがこちらの都合で入れられないというのは初めての経験です。1日目の夜は9時ころホテルに帰ったら、部屋は涼しくなっていました。2日目は午後9時半ころ帰ったのに部屋に入るとモアーッとしています。すぐにフロントに電話したら「エアコンは10時からです」というつれない返事。シャワーも10時までお預けです。
まあ、そんなことでホテルの施設、設備面では不平たらたら。フロント脇にインターネットはあるけれど、印刷は出来ず、部屋にもインターネットのLANはもちろんありません。せっかくネットブックを持って行っても何にもなりませんでした。
3日目に「Drum Cat」という女性だけのパーカッショングループの公演を見に行く予定で、日本でネット予約しました。料金の振り込みが土曜日となってしまい、銀行の営業日の関係で入金が有効になるのは22日の月曜日。バウチャーは入金確認後にメールで送られて来るので、それを印刷して劇場の受付に提示する必要があります。22日の家の出発は午前2時50分!! 当然メールは来ていませんから印刷できません。どうしてもソウルで印刷をする必要がありました。そのため明洞のPC房(バン)で、日本語が表示できることを確認してインターネットに接続、gmailを表示して無事バウチャーを印刷することが出来ました。
というけわけで、出発前からいろいろとありましたが、今回のソウル旅行では今まで行ったことのある食べ物屋には行かないで、新規に開拓することを基本に計画を立てました。また、一日はソウル近郊に出かけようということで、仁川広域市に行くことにしました。
まず、明洞のハナ銀行で両替です。コネストというソウル観光案内サイトに両替クーポンというのがありまして、この銀行が対象となっていました。レートは10,000円が139,700ウォンほどで、結果的には町中の両替所とほとんど変わらないレートでした。
1日目の昼は、家内のたっての希望で忠武路にある「プサンボッチッ」というフグチゲを食べに行きました。この店だけは例外で、以前に行ってとてもおいしかった店です。
午後1時ころの入店でしたが、店はほぼ満席で、月曜の昼間から河豚ちりをつついて、ソジュ(焼酎)を飲みながらアジョシ(おじさん)たちが大声で話をしています。私たちが注文したフグチゲは、フグがたっぷりと入った真っ赤な鍋で、フグの皮のキムチ和えもつまみに出て、これもおいしくいただきました。鍋が終わると、これにご飯を入れて焼きめしにしてくれます。これもフグの出汁がきいていて本当にうまかった。マッコリも飲んでも会計は34,000ウォン(2,500円ほど)、本当に安いです。
満腹になったところで、タクシーで新羅免税店へ。新羅免税店は、タクシー代に応じて5,000ウォンから10,000ウォンの商品券をくれますので、ここに行くときはいつもタクシーを利用します。タクシーの運転手さんに「シルラメンソジョムカジ プタカムニダ」(新羅免税店までお願いします)と伝えると、ちゃんと通じました。免税店では、お土産や家内の友人から頼まれたBBクリームなどをかなり沢山買いました。荷物が多くなったので、タクシーで明洞のホテルに帰りました。
夕食は、梨泰院のジゴルパッサンという郷土料理店です。韓定食が1人前7,000ウォンと言う安さです。おかずの数は20種類ほど、ほとんどが野菜の煮物や和え物という健康食です。マッコリと合わせて17,000ウォン(1,300円)で二人分の夕食が済んでしまいました。帰りはホテルまで5,000ウォンほどでした。
(長くなりましたので、続きはその3で)
2011年8月29日月曜日
ソウルに行ってきました
先週8月22日から25日まで3泊4日でソウルに行ってきました。
今回は成田発の予約が取れなかったので羽田発でした。出発は午前6時10分、帰りの到着は午後11時30分というもので、考えようによってはあちらでの滞在時間が長くとれる「うれしい」パッケージツアーです。
22日に家を出発したのが午前2時50分、約50分で24時間営業の駐車場に着きました。途中雨が激しく降る場面もあり、運転はしにくかった。駐車場からマイクロバスで羽田まで送られて4時20分ころには、団体カウンターでチェックインできました。あとは、成田と同じようにカード会社の運営するラウンジで出発まで休憩です。成田はビールがただで1本飲めますが、こちらは有料。まあ朝も早いことですから、ここはコーヒーで我慢しました。
ソウル・仁川空港へは大韓航空720便で定刻の6時30分に出発、1時間ほどで食事が出ました。ビールを飲んだらすぐにいい気持ちになってしまいました。
仁川からソウルへは迎えのワゴン車で1時間ほど、同じツアーでは3組6人が一緒でした。ホテルの都合で1組だけ先にチェックインし、お決まりの免税店へ。今回は「東和免税店」でした。免税店で40分ほど待たされて、後の2組がホテルにチェックインとなりましたが、私たちは結局最後で、ほとんど正午になっていました。
今回のホテルは、ツアー会社のオーバーブッキングで直前にホテルが変更になりました。一人3000円ほど返金になりましたので、少し嫌な予感がしていました。悪い予感はあたるものです。チェックインが終わって部屋に荷物を置きに入ったところ、部屋の窓が開いています。エアコンのスイッチを入れても動きません。フロントに「エアコンのスイッチが入らないのですけど」と電話すると、ガーン!! 「ただいまの時間は、冷房が入らない時間です」というつれない返事。そんなの聞いてないよ。
長くなりましたので、続きは‥‥。
今回は成田発の予約が取れなかったので羽田発でした。出発は午前6時10分、帰りの到着は午後11時30分というもので、考えようによってはあちらでの滞在時間が長くとれる「うれしい」パッケージツアーです。
22日に家を出発したのが午前2時50分、約50分で24時間営業の駐車場に着きました。途中雨が激しく降る場面もあり、運転はしにくかった。駐車場からマイクロバスで羽田まで送られて4時20分ころには、団体カウンターでチェックインできました。あとは、成田と同じようにカード会社の運営するラウンジで出発まで休憩です。成田はビールがただで1本飲めますが、こちらは有料。まあ朝も早いことですから、ここはコーヒーで我慢しました。
ソウル・仁川空港へは大韓航空720便で定刻の6時30分に出発、1時間ほどで食事が出ました。ビールを飲んだらすぐにいい気持ちになってしまいました。
仁川からソウルへは迎えのワゴン車で1時間ほど、同じツアーでは3組6人が一緒でした。ホテルの都合で1組だけ先にチェックインし、お決まりの免税店へ。今回は「東和免税店」でした。免税店で40分ほど待たされて、後の2組がホテルにチェックインとなりましたが、私たちは結局最後で、ほとんど正午になっていました。
今回のホテルは、ツアー会社のオーバーブッキングで直前にホテルが変更になりました。一人3000円ほど返金になりましたので、少し嫌な予感がしていました。悪い予感はあたるものです。チェックインが終わって部屋に荷物を置きに入ったところ、部屋の窓が開いています。エアコンのスイッチを入れても動きません。フロントに「エアコンのスイッチが入らないのですけど」と電話すると、ガーン!! 「ただいまの時間は、冷房が入らない時間です」というつれない返事。そんなの聞いてないよ。
長くなりましたので、続きは‥‥。
2011年8月6日土曜日
もう8月になってしまいました
友人の大動脈瘤手術も無事に終わり、7月下旬には快気祝いの食事会もできました。
彼の母上が米寿を迎え、その御祝いも兼ねてささやかではありましたが楽しい宴でした。
彼とのつきあいは、中学校に入ったときからですからもう50年になります。
もうそんなに経ってしまったのか、その実感はありませんが、思えば長いつきあいです。
手術の後遺症で声がかすれて、左手の薬指、小指がしびれているとのことですが、それ以外は至って元気で、とても10時間を超える大手術を受けた人のようには見えません。
私は、幸いにして今まで大きな手術を受けた経験はありませんが、この後そんな状況になったときには、現在の医学を信じて、身を任せようと思います。
彼の母上が米寿を迎え、その御祝いも兼ねてささやかではありましたが楽しい宴でした。
彼とのつきあいは、中学校に入ったときからですからもう50年になります。
もうそんなに経ってしまったのか、その実感はありませんが、思えば長いつきあいです。
手術の後遺症で声がかすれて、左手の薬指、小指がしびれているとのことですが、それ以外は至って元気で、とても10時間を超える大手術を受けた人のようには見えません。
私は、幸いにして今まで大きな手術を受けた経験はありませんが、この後そんな状況になったときには、現在の医学を信じて、身を任せようと思います。
2011年6月6日月曜日
友人が大動脈瘤の手術
小学校時代からの親しい友人に、心臓の大動脈瘤が見つかりました。
手術を受けないといつ爆発してもおかしくないということで、先月の24日に13時間に及ぶ大手術を受けました。
術後2週間経った昨日、見舞いに行ってきました。すこぶる元気そうでした。手術の後遺症で声がしわがれているということを除いては。傷を見せてもらいましたが、首の下からYの字にお臍の上までの傷口がありました。担当の先生曰く、「美しい」傷だそうです。未だに痛み止めを一日2回飲んでいるとのことですが、思っていたほど痛くなかったとのことです。
最近の医学の進歩は本当にめざましいと思います。明日には検査を受けて順調であれば、来週早々にも退院できる見込みだそうです。
われわれも体のあちこちに不具合が出てくることが多くなる年齢になりました。定期的に健康診断を受けながら、気長に病気とつきあう時期なのでしょうね。決定的な状況にならないことを祈りつつ。
手術を受けないといつ爆発してもおかしくないということで、先月の24日に13時間に及ぶ大手術を受けました。
術後2週間経った昨日、見舞いに行ってきました。すこぶる元気そうでした。手術の後遺症で声がしわがれているということを除いては。傷を見せてもらいましたが、首の下からYの字にお臍の上までの傷口がありました。担当の先生曰く、「美しい」傷だそうです。未だに痛み止めを一日2回飲んでいるとのことですが、思っていたほど痛くなかったとのことです。
最近の医学の進歩は本当にめざましいと思います。明日には検査を受けて順調であれば、来週早々にも退院できる見込みだそうです。
われわれも体のあちこちに不具合が出てくることが多くなる年齢になりました。定期的に健康診断を受けながら、気長に病気とつきあう時期なのでしょうね。決定的な状況にならないことを祈りつつ。
2011年4月17日日曜日
花見踊
今年は、東北大震災の影響で、花見は自粛というところが多いようです。
私たちの長唄の会でも、遅い新年会を兼ねてミニ発表会を予定していましたが、諸事情を考慮して中止しました。
それでも我が家の前にある小学校の桜はきれいな花をつけて、少しの間ですが心を和ませてくれました。被災された方のことを思うと花見という気分にはなれませんが、来年には少し落ち着かれて桜の花を愛でる気分になられることを祈りたいです。
震災から1か月が経ちましたので、上町のお囃子のお稽古も再開しました。あまり長い間を空けてしまうと子どもたちのやる気も失せてしまいますので。町内の方たちも暖かく見守ってくださいます。本当にありがたいことです。
長唄のお稽古も、会場が夜間に使えなくなるところが多いので、時間を土、日の昼間を中心に替えて、5月から再開される見通しとなりました。
私自身のお稽古も少しずつ再開していまして、自主練習していた「花見踊」の暗譜が完了して、通して引くことができるように練度を上げています。折しも、自宅前の桜が満開で、この曲を弾くことができるようになったことはちょっと感慨深いものがあります。
来年こそは、もっと晴れ晴れとした気分で「花見踊」を演奏したいものです。
私たちの長唄の会でも、遅い新年会を兼ねてミニ発表会を予定していましたが、諸事情を考慮して中止しました。
それでも我が家の前にある小学校の桜はきれいな花をつけて、少しの間ですが心を和ませてくれました。被災された方のことを思うと花見という気分にはなれませんが、来年には少し落ち着かれて桜の花を愛でる気分になられることを祈りたいです。
震災から1か月が経ちましたので、上町のお囃子のお稽古も再開しました。あまり長い間を空けてしまうと子どもたちのやる気も失せてしまいますので。町内の方たちも暖かく見守ってくださいます。本当にありがたいことです。
長唄のお稽古も、会場が夜間に使えなくなるところが多いので、時間を土、日の昼間を中心に替えて、5月から再開される見通しとなりました。
私自身のお稽古も少しずつ再開していまして、自主練習していた「花見踊」の暗譜が完了して、通して引くことができるように練度を上げています。折しも、自宅前の桜が満開で、この曲を弾くことができるようになったことはちょっと感慨深いものがあります。
来年こそは、もっと晴れ晴れとした気分で「花見踊」を演奏したいものです。
2011年4月12日火曜日
余震が続きますね
今日、4月12日は朝から余震が続きますね。
通勤途中に、モノレールの千葉駅でちょうど震度4の揺れが来ました。
安全確認のため15分ほど停車した後、徐行運転が開始されました。
職場に着くと、京成の千葉線は運転見合わせ、京葉線はかなりの遅れが出ていました。
昨日の夕方も地震の影響で列車のダイヤが乱れていました。
今日は、まともに帰れるのでしょうか。
本震から1ヶ月経っても、これほどの頻度で大きな余震が続くと、「余震」ではなくて関東地方で大きなのが来る「前震」ではないのかと疑心暗鬼になってしまいますね。
心配していても来るものは来るでしょうから、せいぜい準備を怠りなくしましょう。
ところで、1週間ほど前に地震保険の調査士が我が家に来て調査に来てくれました。
結果は、家財は該当せず。(壊れたものが少なすぎました。保険金額の5%以上でないと対象にならない。)
家屋は「一部損壊」と認定されました。壁と土台に被害が発生していました。
ちょうど壁の塗り替えを予定していましたので、早急に壁の補修をします。
通勤途中に、モノレールの千葉駅でちょうど震度4の揺れが来ました。
安全確認のため15分ほど停車した後、徐行運転が開始されました。
職場に着くと、京成の千葉線は運転見合わせ、京葉線はかなりの遅れが出ていました。
昨日の夕方も地震の影響で列車のダイヤが乱れていました。
今日は、まともに帰れるのでしょうか。
本震から1ヶ月経っても、これほどの頻度で大きな余震が続くと、「余震」ではなくて関東地方で大きなのが来る「前震」ではないのかと疑心暗鬼になってしまいますね。
心配していても来るものは来るでしょうから、せいぜい準備を怠りなくしましょう。
ところで、1週間ほど前に地震保険の調査士が我が家に来て調査に来てくれました。
結果は、家財は該当せず。(壊れたものが少なすぎました。保険金額の5%以上でないと対象にならない。)
家屋は「一部損壊」と認定されました。壁と土台に被害が発生していました。
ちょうど壁の塗り替えを予定していましたので、早急に壁の補修をします。
2011年3月15日火曜日
〝油断〟 我が家はほぼ解決
家内と午前9時半過ぎに近所のスーパーに徒歩で買い物に出かけたところ、スーパーの向かい側にある出光のガソリンスタンドが営業を始めていました。交差点の2方向には長蛇の給油待ち行列ができます。パトカーが出動して、警官が交通整理に当たっていて、「給油待ちの車は、できるだけ左側に寄りハザードランプを点滅させてください。」と放送しています。このごろのおまわりさんは親切ですね。
我が家の車は、ガソリンは半分ちょい入っていますが、灯油はほとんどからの状態です。バイクで店まで行って、おじさんに聞くと、灯油も販売している由。早速、家にとって返し20リットル入りのポリタンクを積んで買いに行きました。値段は91円/ℓと高いです。まあ、停電ではエアコンも使えなくなりますから、やむを得ないでしょう。物置から電気を使わない石油ストーブでも引っ張り出して、停電に備えましょう。
2度目の石油買出しに行って帰宅すると、家内が車で出かけていました。しばらくすると「満タンにしてきたよ」と帰ってきました。隣の奥さんがバスで四街道に出かける途中で、少しはなれた三叉路にあるエッソのスタンドが開いているとバスの中から家内に電話をくれたのだそうです。店開きしたばかりらしく、ほとんど並ばずに給油できた由。ただし、現金ではなくクレジット払いのみの取り扱いだそうです。値段は144円/ℓで、このあたりでは地震後の相場の金額ですね。
今日から3月21日まで職場は休止していますので、家に居るしかありません。我が家の油切れの心配は少なくなりまたが、被害のほとんどなかった地域でもこの状態ですから、被災された方の苦労を思うと、申し訳ないような気持ちでいっぱいです。せめて義捐金でも申し込みに行ってきます。
我が家の車は、ガソリンは半分ちょい入っていますが、灯油はほとんどからの状態です。バイクで店まで行って、おじさんに聞くと、灯油も販売している由。早速、家にとって返し20リットル入りのポリタンクを積んで買いに行きました。値段は91円/ℓと高いです。まあ、停電ではエアコンも使えなくなりますから、やむを得ないでしょう。物置から電気を使わない石油ストーブでも引っ張り出して、停電に備えましょう。
2度目の石油買出しに行って帰宅すると、家内が車で出かけていました。しばらくすると「満タンにしてきたよ」と帰ってきました。隣の奥さんがバスで四街道に出かける途中で、少しはなれた三叉路にあるエッソのスタンドが開いているとバスの中から家内に電話をくれたのだそうです。店開きしたばかりらしく、ほとんど並ばずに給油できた由。ただし、現金ではなくクレジット払いのみの取り扱いだそうです。値段は144円/ℓで、このあたりでは地震後の相場の金額ですね。
今日から3月21日まで職場は休止していますので、家に居るしかありません。我が家の油切れの心配は少なくなりまたが、被害のほとんどなかった地域でもこの状態ですから、被災された方の苦労を思うと、申し訳ないような気持ちでいっぱいです。せめて義捐金でも申し込みに行ってきます。
登録:
投稿 (Atom)